税理士試験受験記録⑤ ボーダーライン

税理士試験

平成28年(第66回)税理士試験から、12月の合格発表までの記録です。

平成28年(2016年)8月:自己採点

試験が終わって数日。
各専門学校から解答速報と予想配点が出始めました。

人生初の自己採点。
正直、何からどう手を付ければいいか分かりません。

  • 簿記論は、第一問・第二問は解答を写していたので復元できたものの、第三問は時間がなく、写している余裕がありませんでした。
  • 財表は、理論の記号と計算は解答を写していたため、比較的精度高く復元できました。
  • 消費税は「不合格確実」だったので、自己採点はしませんでした。

<自己採点の結果>

簿記論

第一問:10点
第二問:9点
第三問:15点(仮)
合 計:34点

ボーダー:49点
合格確実:60点
財務諸表論

第一問:16点
第二問:5点
第三問:33点
合 計:54点

ボーダー:55点
合格確実:61点

簿記論は落ちたことが明らかでした。

財表は“ギリギリ受かっているかもしれない”という、最低限の希望が残る点数でした。

いずれにしても、税理士試験を続けるのであれば、また来年受ける必要があります。

試験が思うようにいかず、何とも言えない心境でした。
そういえば、あと半年で卒業なのにまだ就職先も決まっていません。

就職せずに受験専念か、働きながら社会人受験生になるか

このあたりもそろそろ決断しないといけません。

とはいえ、いったん試験が終わったので、合格発表までの数か月間は、残り少ない大学生活を謳歌することにしました。

平成28年(2016年)9月:PPAPが流行る

8月末から旅行に出かけていました。

消費税法の講座を申し込む際に親から借りた15万円の返済を延期してもらい、そのお金とバイト代をあわせてニューヨークへ。

カナダにも少し寄って、約2週間。
やりたかった「ひとり海外旅行」を、ひとつ達成できたのは素直に嬉しかったです。
ただ、隣に他人がいるエコノミーで14時間――あれは、もう二度とやりたくありません。

帰国した街では、やたらとPPAPが流れていた。
あの“時代の音”だけは、今でも妙に鮮明です。

そして9月中旬。成績発表で単位を取り切ったことが分かり、大学卒業が確定しました。
「卒業できる」という安心と、「次どうする?」という問いが、同時にのしかかってきます。

平成28年(2016年)10月:簿記2級に挑戦

11月に簿記2級を受けることにしました。

もし1科目も受からなかった場合、簿記3級だけでは就職が厳しいと思い、少しでも上位の資格を取っておく必要があると感じたからです。

簿記3級の時と同じように、TACの書籍を購入し、勉強開始。

商業簿記は、簿記論よりも簡単な内容なので、すぐにできるようになりましたが、原価計算は初めてです。(簿記論では原価計算は範囲外)

簿記論や財表の製造業の問題で製造原価を求めますが、それよりも難しいので、出来るようになるまでに少し時間がかかりました。

ただ、簿記2級を先に勉強しておけば、製造業の問題に抵抗なく取り組めたはずなので、やっておくべきだったと後悔。

簿記2級の試験を受けてからは、全く勉強せずに、バイトと旅行を楽しむ日々。15万円も返済し、心に余裕が生まれました。

平成28年(2016年)12月16日:合格発表

12月16日(金)、ついに合格発表の日が訪れました。官報合格者以外は普通郵便で通知が届くので、結果が分かったのは翌日でしたが。

なんか薄っぺらいな…と思いつつも、開けてみます。

財表は、ギリギリ受かっているかと思っていましたが、ダメでした
簿記論と消費税は予想通りの結果に。

大学在学中に官報合格するはずが、ゼロ科目

さすがにちょっと落ち込みました。

あとがき

自己採点で見える希望と絶望の間を、何度も行ったり来たりする。
ボーダーに届くか届かないかの数字は、結果が出るまで心を落ち着かせてくれません。

合格発表でゼロ科目だったことで、良くも悪くも開き直ることができました。

  • 「次はこうする」が曖昧なままでは、また同じ結果になる
  • 勉強の優先順位も、科目の組み方も、生活の作り方も、全部“設計”し直す必要がある
  • そして何より、「学生」ではなく「これからの自分の人生として」税理士試験に向き合わなければいけない

落ち込んだのは事実です。
でも、簿財と税法を経験してから社会人受験生になるという意味で、この“ゼロ科目”は、後から振り返ると大きな転換点でした。

次回は、卒業と就職の決断、そして「社会人受験生としての挑戦」になります。
ここから先は、もう“なんとなく”では進めません。

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